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資産 金持ち 億万長者

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資産の築き方はお金持ちに学ぼう!

失業(リストラ)、減棒(減給)、借金返済・・・。多くの人が経済的な不安に悩まされています。生きて行くために必要なお金さえあれば経済的な不安を解消することできます。そして、仕事やいろいろな場面で理不尽な状況に耐える必要もなくなり、自分の人生を自分らしく生きる自由が手に入るでしょう。世の中には1億円以上の資産を築いて、実際に経済的な不安を脱し、自由を手に入れた人々がいます。資産を築く方法はそんなお金持ちに学びましょう!


創業者利益がもっとも巨額の資産を形成する

現代社会において、巨万の富を築く事例でもっとも多いのが、「起業し、会社を大きく成長させることにより、保有株の資産価値を高めることにより、資産を築く方法」です。この事実は以下に述べるようにいくつかの重要な示唆を含んでいます。

1.企業の成長には優れたリーダーが必要

社会の変化は速く、ビジネス環境はものすごい勢いで変わっていきます。歴史ある大企業が経営危機に陥り、倒産したり、買収されたりするような事例は日常的に報道されています。数万人、場合よっては10万人を超えるような従業員がいる大企業が、売上・利益がどんどん減少し、従業員を削減するような状況に陥ります。一方、1人から数人で起業したベンチャーが、数年で大企業への成長していきます。数万人以上も従業員がいる企業でも優れた人材はいたはずです。これはリーダーの違いによるものと考えてよいでしょう。

無能なリーダーの下では多くの人が不幸になり、優れたリーダーの下では多くの人が活躍できるのです。

2.優れたリーダーに協力すれば資産を築ける可能性がある

何もないところから起業し、大企業にまで成長させるのは並大抵のことではなく、誰にでもできることではありません。それ故に優れたリーダーを必要とします。自分自身が優れたリーダーになれれば理想的ですが、必ずしもそのようになれなくてもチャンスはあります。優れたリーダーに協力すればよいのです。

創業間もない時からリスクを取って優れたリーダーに協力した人は、成長後の企業の取締役などに就任できることが多く、高い役員報酬やストックオプションなどを受け取り、普通のサラリーマンでは一生かかっても稼げないような報酬を得る事例が多くあります。大企業に新卒で入社し、熾烈な出生競争を勝ち抜き、運よく取締役になったとしても、日本の場合報酬が2000万円程度のことが多く、それも数年でお役御免になってしまうことがほとんどです。その確率とリーターンを考えれば、優れたリーダーとともに創業することにかけるのもそれほど確率が悪いとも言えないでしょう。

自分で優れたリーダーを見分けられる目があれば、成功する確率を上げることができるでしょう。

億の資産を築いた人たち 〜創業者編〜

孫正義

ソフトバンクグループ株式会社の創業者。フォーブスの調査に基づく世界長者番付によれば、2015年3月の時点では総資産141億ドルで日本富豪ランキング2位、世界ランキング75位の大富豪です。

佐賀県鳥栖市の朝鮮人集落に出生、貧しい家庭に育ちました。高校を中退し、渡米。米国の高校へ編入、その後、カリフォルニア大学バークレー校経済学部に編入。在学中に自動翻訳機を開発し、シャープに1億円で売り込みます。それを元手に米国でソフトウェア開発会社を設立。大学卒業後に帰国し、日本で会社設立しました。

その後、病気にも苦しみましたが、1994年にソフトバンク株式会社の株式を店頭公開します。その後、卓越した行動力・先見性・人脈を生かし、ヤフー等との合弁、ボーダフォンの買収、多くの有望なベンチャー企業への出資を通じて、現在のソフトバンクグループまで成長させました。創業者とした2割以上の株を保有し、その成長とともに資産を大きく成長させました。

かつてはあまり知られていなかった孫正義のルーツなどは、「あんぽん [ 佐野真一 ]」に詳しく書かれています。


優れた経営者であることは間違いないですが、これまでの投資・買収の成果を見てみると「卓越した投資家」でもあることを再認識します。企業経営者と投資家のどちらが好みであるかは人それぞれで、経営者が好きで憧れを持つ人は、投資して数年で高値で売り抜ける行動に好感を持てない人もいるでしょう。また投資家が好きで憧れを持つ人は、自分の会社を経営して大きくすることだけに固執することを嫌うかもしれません。

最近、これまでで最大規模となる、英国チップ設計会社ARMの240億ポンド(約3.3兆円)買収が報道されています。これからの動向にまだまだ注目です。

柳井正

カジュアル衣料の製造販売「ユニクロ」を中心とした企業グループ持株会社であるファーストリテイリング創業者。フォーブスの調べによると、2015年は推定資産202億米ドル、日本富豪ランキング1位、世界ランク41位。

父の経営する「メンズショップ小郡商事」に入社し、成長させてきました。1984年に社長に就任しました。「ユニークな衣料 (clothes) 」ということで「ユニーク・クロージング・ウエアハウス(Unique Clothing Warehouse、略称ユニ・クロ)」と銘打って同年6月、まず広島市にその第一号店を開店。その後中国地方を中心に店舗を拡大していきます。1991年、社名を「ファーストリテイリング」に変更しました。その後、海外へも積極的に展開し、日本を代表する企業になっています。


三木谷浩史

楽天株式会社の創業者。フォーブスの調べによると、2015年には68億ドル(約1兆400億円)で日本富豪ランキング3位の大富豪です。

1995年1月17日 阪神・淡路大震災で故郷の神戸が瓦礫の山と化し、敬愛していた叔父叔母を失ったことが人生観に大きな影響を与え、起業を決意します。その後、多くの会社を買収し、急成長します。企業の成長とともに保有株の資産価値が成長し、富豪への階段を駆け上がっていきました。


ビルゲイツ

米国マイクロソフト社の共同創業者。2015年のフォーブス誌の発表によると資産760億ドル(約9.1兆円)で世界1位です。

高校生のとき、(後にマイクロソフトを共同で操業する)友人のポール・アレンとともにトラフォデータ社を創業し、州政府に交通量計測システムを納入したり、オレゴン州ポートランドの会社の、COBOLでの給与計算システムの作成を手伝ったりしました。その後、マイクロソフトを創業し、IBMからOSの開発を要請され、MS-DOSを納入したことにより会社の基礎を作った。続いてWindowsを世に送り出し、パソコン用OSの圧倒的なシェア1位となり、マイクロソフトを急成長させ、巨万の富を築きます。

ビルゲイツと妻メリンダによって2000年創設した世界最大の慈善基金団体「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」の理事として、現在は活動しています。世界における病気・貧困への挑戦を主な目的としていますが、特にアメリカ国内においては教育やIT技術に接する機会を提供する活動を行っています。


松下幸之助

丁稚から身を起こし、松下電器産業(現在のパナソニック)を創業し、大企業に育て上げました。「経営の神様」と呼ばれています。PHP研究所を設立し、倫理教育に力を入れ、晩年には松下政経塾を設立し、政治家の育成にも力を入れました。ヘンリー・フォードに倣った『水道哲学』『250年計画』『適正利益・現金正価』などの哲学も有名です。一生で約5000億円の資産を築いたと推定されています。

滝崎武光

東証一部上場の株式会社キーエンスの創業者、名誉会長。「日本の富豪50人」2014年ランキング第5位、資産額6448億円(出典:米経済誌「フォーブス」、14年4月2日発表、資産額は当時のレート1ドル=104円で換算)。

兵庫県立尼崎工業高校卒後、28歳の時に同県尼崎市でリード電機を設立。1986年に社名をキーエンスに変更。1987年に大阪2部、1989年に東証2部に上場し、1990年には両市場の1部に昇格を果たしました。

キーエンスは稀に見る超高収益企業で、社員の平均年収は1700万円と言われています。滝崎氏はほとんどメディアに登場せず、どのようにしてこれほどの企業を作り上げたのか、謎が多いようです。滝崎氏はこれまでに2度会社を倒産させているそうで、それを糧にキーエンスを作り上げたことは知られています。

宗次徳二

株式会社壱番屋(カレーハウスCoCo壱番屋)の創業者で元会長。現・特別顧問。孤児院育ちで、いまだに両親・親戚のことは不明です。3歳のときに養父母に引き取られましたが、養父がギャンブル好きで電気代や水道代も払えないような困窮した生活でした。しかも、養父に愛想を尽かし、養母も蒸発してしまいます。

15歳まで生活保護を受けて育ちますが、養父が病死し、再び養母と同居するようになります。豆腐屋で早朝にアルバイトしながら学費を稼ぎ、高校を卒業。高卒で不動産会社に就職し、その後転職した大和ハウス工業で直美と出会い、結婚。2年後に退社し、不動産仲介会社として独立。しかし、収入が不安定であったことから妻と相談して喫茶店を開業。2号店となる珈琲専門店で、妻が作ったカレーが人気となり、カレー専門店へ転身し、「カレーハウスCoCo壱番屋」を創業します。

その後、働き続け、会社は大きく成長しました。引退するまで友人を1人も作らず、3、4時間の睡眠時間で、仕事に専念したそうです。毎朝4時45分に出社し、1000通以上の「お客様アンケート」を読み、店舗の掃除を行なうのが日課で、休みは年間15日ほどだったとのこと。 2007年にクラシック音楽の普及を目的として、28億円の私財を投じて宗次ホールを建設しました。壱番屋の株を23.17%保有している宗次夫妻は保有する株すべてをハウス食品に売り渡し、子会社化される見込みです。譲渡益は約220億円といわれています。

似鳥 昭雄

株式会社ニトリの創業者。一族で約3000億円の資産を持つ。

Wikipedeaによると「北海学園大学経済学部卒業後、広告会社に勤めるが仕事が獲れず半年で解雇となり、23歳で似鳥家具店を創業した。1972年、家具業界向けのアメリカ・ロサンゼルスへの研修セミナーに参加し、アメリカの豊かさを見て人生観が変わる。帰国後、家具のチェーンストアを志し、株式会社ニトリを設立した(本名は「にたとり」と読むが、よく間違えられるので「ニトリ」とした)。将来、世界5万店舗を目標にしている。」とのことです。

似鳥氏は、一代で大手家具チェーンを築き上げた。現在では家具だけではなく、生活雑貨などの分野に事業領域を広げています。これも創業前に視察したアメリカの豊かさに対する想いがベースにあるようです。まだまだ成長を続けています。

運は創るもの 私の履歴書【電子書籍】[ 似鳥昭雄 ]

カーネルサンダース

ケンタッキーフライドチキンの創業者。若い頃は40種類もの職を転々としました。40歳の頃に始めたガソリンスタンドの経営が軌道に乗り、その後、レストランを併設します。店は幹線道路沿いにあったため、繁盛し、規模を拡大します。このレストランの目玉商品がフライドチキンでした。カーネルサンダースは、フライドチキンの調理方法を教えて、歩合をとるというフランチャイズビジネスを始めます。レストランの近くに高速道路ができ、人の流れが変わってしまったことにより、レストランに客が入らなくなってしましました。それにより経営が悪化し、店を手放すことになりました。その時に借金を返済するとほとんど手元にお金は無くなりました。カーネルサンダースが65歳の時のことです。その後、フライドチキンのフランチャイズビジネスに注力し、1960年までに米国とカナダで400店舗、1964年までに600店舗を超えるフランチャイズ網を築き上げました。「人生は何度でも勝負できる!」というカーネルサンダースの教えを心に刻み込みたいですね。

カーネル・サンダースの教え 人生は何度でも勝負できる!【電子書籍】[ 中野明 ]

レイクロック

マクドナルドコーポレーションの創業者。正式にはレイモンド・アルバート・クロック。マクドナルドをフランチャイズ展開して、世界最大のファーストフードチェーンに仕立て上げました。

1954年にカリフォルニア州サンバーナーディーノのマクドナルドで、マクドナルド兄弟と出会いました。クロックは、兄弟と交渉してフランチャイズ権を獲得。1961年にはマクドナルド兄弟から商権を270万ドルで買収します。1965年に株式公開、1984年までには世界34か国で8300店舗を開きました。生涯で5億ドルの富を築いたそうです。

【新品】【本】成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝 世界一、億万長者を生んだ男?マクドナルド創業者 レイ・クロック/共著 ロバート・アンダーソン/共著 野地秩嘉/監修・構成 野崎稚恵/訳

ジャック・マー(マー・ユン、馬 雲)

中国・アリババ社(阿里巴巴集団)の創業者、現会長、元CEO。浙江省杭州市出身。中国本土の起業家で初めて『フォーブス』に名前が掲載されました。また2014年11月現在、中国本土で1番、世界で18番目の資産家。(*Wikipedia参照)

「就職活動では30社以上に応募し、ことごとく落ちたという苦難のエピソードを持っている。門前払いした会社の一つがケンタッキーフライドチキン。25人が応募し24人が採用された。断られたのはジャック・マー氏だけだったという。それから30年、今度は大株主という身分でケンタッキーフライドチキンに乗り込むことになる。「見事借りを返した」「すばらしい成功物語だ」と中国ネットユーザーは絶賛している。」(http://news.livedoor.com/article/detail/11976543/)

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